視覚障害とともにポジティブに歩む私の人生観。
視覚障害とともに
ポジティブに歩む
私の人生観。
障害年金事業担当 山本真由
福岡県出身。社会保険労務士。5年前にアドバンス入職。25歳のときに緑内障という目の病気が判明し視覚障害者となる。この経験から会社内で障害年金事業部を立ち上げ、現在は障害年金担当として自身の経験を活かしながらクライアントサポートに従事している。
―現在は障害年金担当をされていますが、障害年金を担当するきっかけとなったのは?
25歳の時に緑内障を患いました。徐々に視野視界が狭くなって、いつ見えなくなるか分からない病気で、今では白杖(はくじょう)を使わないと生活ができないほど視野が狭くなっています。
もともとは広告代理店でコピーライターを目指して働いていたのですが、緑内障を患ってからは、手に職をつけておいた方がよいと考えて社会保険労務士の資格を取りアドバンスに入社しました。
入社後は労務管理や事務代行の部署で働いていましたが、視力や視野がどんどん悪くなり、パソコン作業に目が追い付かなくなっていったんです。
できることが少なくなり、会社の中で居場所がないように感じて一度休職することを決めます。

その時、働くことに制限がある自分に何か助けとなる制度がないかと調べ始めたところ、障害年金制度の存在を知りました。
役所に相談しても適切な情報が得られず、自分で調べた結果、私自身が障害年金の対象者に早くから該当していることが分かったんです。
そして、障害年金を申請してみるとすんなり通りました。
社会保険労務士である自分も知らなかったことにショックを受けました。誰も教えてくれるわけでもなく、社会保険労務士である私も知らないような制度だとしたら、多くの人が障害年金制度について知らないのではないかと考えて、伴所長に障害年金事業の立ち上げを提案しました。そうすることで、私の居場所にもなり、同じような境遇の方の役にも立てると思ったんです。
そうして、障害年金事業部が立ち上がりました。
ーご自身の経験をご相談者様にどのように活かしていらっしゃいますか?
ご相談に来られる方は、身体疾患障害よりも精神疾患の方が多く、生きづらさを感じていたり、苦しい、ツラいといった気持ちをいかに私たちに正確に伝えてくださるかが重要になります。伺った内容を書類として申請するためです。
私自身、視野が徐々に絞られるように少しずつ見えなくなっていく経験をしています。できなくなることが少しずつ増えていくのはメンタル面に大きく影響します。そういった苦しみを自分の経験を交えて「生きづらいですよね」「本当にしんどいですよね」と寄り添いながらお話することでご相談相手もツラい気持ちについて、丁寧にお話してくださるようになっていると感じます。

ー職場環境や同僚のサポートについて、特に印象に残っていることはありますか?
特別な場面というよりも、日常的なサポートがありがたいと感じています。
白杖を使っているのですが、それを見た他のスタッフの方が、白杖の置き場が欲しくないかと言ってくれて、その方のご自宅から白杖置き場になりそうなものを持ってきて設置してくださったんです。そういう気遣いって、相手の立場にならないと発見しづらい部分だと思います。
アドバンスには、相手の立場になって考えようという姿勢を持ったスタッフさんがたくさんいるので、そういう部分が本当にありがたいですね。
日常的に「ここにゴミを置いているから気をつけてね」といった声掛けをいただいたり、毎日のさりげない声かけがすごく嬉しいです。

ー休日はどのように過ごすことが多いですか?
体を動かすことが大好きなんです。少し前には富士山に登りました。今は登山がすごく楽しいです。
もちろん視野が狭い分、危険も多いのですが、自分が置いた足の一歩先を見続けるしかないので、他の無駄なことを考えなくて済むんですね。それがすごくすっきりする感じがして、デトックスみたいだなぁと。
それから、一人旅が大好きで、47都道府県全部に行くことが目標です。今は半分くらいは行っているかなと思います。
旅行先では、その土地の暮らしに触れるのが好きなので、田舎の方に行ったりしたいですが…視力が弱いので車の運転ができなくて、公共交通機関があまりにも少ないところは行けないのが難点です。
でも、なるべく地元の暮らしに触れるような旅を47都道府県でできたらいいなぁと思っています。
ー山本さんが大切にしている考えはありますか?
私は全然大した人間じゃないと思っているのですが、唯一自分が持っている自信は、自分のことは絶対に幸せにできるという信念です。
25歳という若さで視覚障害を抱えることになり、価値観が大きく変わりました。前職の広告代理店では、がむしゃらに働いていました。それこそ出世したいとか、コピーライターという憧れの職業になれて、憧れの広告代理店でバリバリやっていきたいという夢を追いかけていたんです。でも、視覚障害者になったことで、何よりも自分の体やワーク・ライフ・バランスの重要性に改めて気がついたことが、幸せの定義がガラッと変わった瞬間だったと思います。
私自身が幸せでいることで、周りの方にも良い影響を与えることができたら最高だと思います。その気持ちを大切に、これからも障害年金の相談者に寄り添っていきたいですね。
